恐竜の話題(論文紹介): (26) 恐竜のゲノムサイズを推定 ~DNA量と鳥類飛翔の関連は?

2016年9月2日金曜日

(26) 恐竜のゲノムサイズを推定 ~DNA量と鳥類飛翔の関連は?


ゲノムサイズの縮小は飛翔と関係するか


生物のもつ遺伝情報の基本セットをゲノムと呼びます。ゲノムはDNA上にコードされた情報であり、ゲノムのサイズはDNAの重量、またはこの2本鎖の高分子を構成する塩基対の数であらわされます。2倍体の生物は母方および父方から1セットづつ、計2セットのゲノムをもっています。雌雄の性染色体中のDNA量の違いのため、細胞核にある全DNA量は雌雄で少し異なります。

おもな分類グループのゲノムサイズ

【図1】 現存する生物のゲノムサイズ  [ 小さくて見にくい場合には、右クリックして図をダウンロードしてみてください ]

図1はおもな分類グループごとのゲノムサイズを示しています。遺伝情報を決めるのはDNA中のG、A、T、C、4種の塩基の配列です。その塩基の総数の詳細がわかっているものをいくつか選んで青色の線の先に表示してあります。 塩基対 = bp (base pair)です。多くの生物は、全配列は決定されていないものの、DNAの定量からゲノムサイズがすでに得られています(文献1)。図の横棒はその範囲を示しています。

体の構造、機能が複雑な生物はゲノムサイズがある程度以上の大きさになってきますが、それはおおまかな傾向でしかありません。例えばタコは鳥類よりも大きな値であり、魚類のハイギョや両生類のある種のサンショウウオは全生物の中で最大クラスのやたらに大きなゲノムをもっていることが知られています。
また、ネズミもクジラもそれほど変わらない値をもっているなど、ゲノムサイズと体の大きさとの関連もみられません。
こうした中で、鳥類は比較的コンパクトなゲノムサイズをもっており、種(しゅ)によるばらつきも大きくないのが特徴的です。このコンパクト化は先祖の恐竜の進化の中で起こっていたのではないかという考えは随分前からありました(文献2)。

骨の化石をもとに推定する恐竜のゲノムサイズ


太古に絶滅した恐竜のゲノムサイズを推測することなどができるのでしょうか。
この問題に挑戦した2007年の報告があります(文献3)。
もちろん恐竜のDNA量を直接調べることはできません。注目したのは、ゲノムサイズが大きいほど赤血球が大きくなる傾向です(文献4)。赤血球に限らず、同じ種類の細胞であれば、種(しゅ)が違う場合に、その細胞の大きさとゲノムサイズには相関がある報告が他にもあります(文献5)。とりわけ赤血球は採取しやすく、サイズも測りやすいので脊椎動物間におけるゲノムサイズとの相関はわかりやすいものでした。こうした関係が骨の中にある骨細胞にも適用できるなら、恐竜のゲノムサイズが推測できるのではと文献3の著者たちは考えました。というのは、骨の化石標本の中には骨細胞の跡が窪みとして残っているからです。骨の緻密な部分では、骨細胞の大きさは成長の全期間をとおして比較的均一であることが知られていました。

論文3の著者たちが現生の26種の四足動物(両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類)の骨の切片の中にみられる骨細胞が収まっていた跡であるポケットのサイズ(体積)を測定してみると、確かにこのゲノムサイズとの関係を示す傾向が認められました。その傾向をもとにして、恐竜の化石標本にみられる骨細胞の跡からおおよそのゲノムサイズを推定しました。ここでは31種の恐竜からサイズを割り出してみています。

獣脚竜恐竜の進化の早い時期からゲノムサイズの縮小が起こったという推論


この推定方法から得られる恐竜のゲノムサイズの値は、例えば竜盤類の中の獣脚類ではヘレラサウルス1.47 pg (14億bp)、コエロフィシス、アロサウルスの1.70 pg (17億bp)、ティラノサウルスの1.96 pg (19億bp)、ディノニクスの1.62 pg (16億 bp)、オヴィラプトルの2.53 pg (25億 bp)、トロオドンの1.48 pg (14億bp)、竜盤類の中でも獣脚類ではない竜脚類のアパトサウルスでは2.22 pg  (22億bp)、また鳥盤類ではエウオプロケファルスの2.88 pg (28億 bp)、トリケラトプスの3.31 pg (32億bp)、ランベオサウルスの2.58 pg (25億 bp)、マイアサウラの2.51 pg (25億bp)などです(文献3)。 pg = ピコグラム(1兆分の1グラム)。

【図2】 絶滅した主竜類の推定ゲノムサイズ [ 鳥盤類と竜盤類が分かれている箇所以降が恐竜にあたります ]

この推定値をみると、陸上の脊椎動物としては、獣脚類は小さめのゲノムサイズをもっていたことになります。現存する鳥類よりは大きいのですが、おおかたの哺乳類よりは小さな値です。ただし、オヴィラプトルは獣脚類としては例外的に大きな値が得られています。
現存の爬虫類と比較しても、獣脚類のゲノムサイズは大きくないことがわかります。現生する爬虫類の中ではワニは恐竜に近い関係にあります。獣脚類のゲノムサイズはワニより小さくなっています。

鳥類は竜盤類の中の獣脚類から進化してきたとみなされています。鳥類はコンパクトなゲノムサイズをもっていますが、獣脚類誕生のころにはすでにゲノムの縮小が進んでいたようだというのが論文3の結論です。想定される縮小が起こったのは恐竜の進化の早い時期です。
一方、鳥盤類の恐竜では明らかな縮小はみられません。また、竜盤類の中でも草食の竜脚類のアパトサウルスは獣脚類と鳥盤類の中間的な値です。おそらく恐竜誕生の初期に竜盤類と鳥盤類が分かれたころから竜盤類でのゲノム縮小が進み始め、獣脚類の出現で加速されたようなのです。同じ筆頭著者による2009年の報告では竜脚類のアパトサウルス2.31 pg (23億 bp)、バロサウルス1.77 pg (17億 bp)、ジャネンシア1.99 pg (20億 bp)など10種についての新しいデータを出して、竜脚類が中間の値として算出されることを、よりはっきりと示しています(文献6)。

ゲノムサイズと飛翔に関連はあるのか ~翼竜のゲノムサイズも推定してみると


小さなゲノムサイズは飛翔の能力と関係するかもしれないという説が以前よりありました(文献7)。鳥類全般の小ぶりのゲノムサイズに加えて、コウモリが哺乳類としては小さいゲノムをもっていることが以前から知られていたからです。もしそうであれば、恐竜の進化の中でのゲノムの縮小は、その後の飛翔能力に長けた鳥類の誕生の重要な条件となっていたのかもしれないという考え方もできます。
飛翔とゲノムサイズの関連を考えると、恐竜とは別の経路で進化し、空を飛ぶようになった翼竜はどうなのかということが気になります。同じ方法で翼竜の骨細胞跡の大きさからそのゲノムサイズを推定した論文が2009年に出ました(文献8)。
プテラノドン2.01 pg (20億 bp)、プテロダクティルス2.12 pg (21億 bp)、ディモルフォドン1.94 pg (19億 bp)、ランフォリンクス1.93 pg (19億 bp)という結果です。これらは鳥盤類の恐竜や現存の爬虫類のゲノムサイズだけでなく、翼竜が属する主竜類のグループ中の他の絶滅種から得られた2~4.07 pg (20~40億 bp)の値と比べても小さめであることがわかり、ゲノムサイズの縮小と飛翔能力との関連が示唆される結果です。

飛翔、エネルギー代謝とゲノムサイズ


ゲノムサイズが小さめとなる要因にはさまざまなものがあるはずです。飛翔能力がその中で大きな要因となりえるのならば、脊椎動物の力強い飛翔には効率良くエネルギーを生み出すための代謝などの体の仕組みが必要だという背景があるのではないかということが一般には考えられています。というのは、基礎代謝量が大きい分類グループはゲノムサイズが小さいという傾向が鳥類と哺乳類でみられるからです(文献9)。基礎代謝量は飛翔能力そのものをあらわしはしませんが、最近になって、実際の飛翔能力と深い関係がある心臓や飛翔に必要な筋肉のサイズとの相関が報告されています(文献10)。翼面加重(翼の単位面積にかかる重量)が小さいほどゲノムサイズが小さくなる傾向もありますが(文献10、11)、あまり大きな寄与ではなく(文献11)、小さな翼で高速で飛び回るツバメがいるなど、飛翔にもいろんなタイプがあるため、翼面加重はそれほど一般的な指標にはならないようです。

飛ばない鳥であるキーウイ(図1)やエミュー(1.63 pg (16億bp) http://www.genomesize.com/result_species.php?id=846)は大きめのゲノムサイズですが、ダチョウはそうではありません(図1)。ダチョウは飛ばなくなったとはいえ、効率の良いエネルギー代謝を必要としているのかもしれませんが。
コウモリの仲間の間での比較をおこなった場合には、ゲノムサイズと飛翔能力との関連が見いだせないという結果があります(文献12)。限られた狭い範囲の分類グループの中をみる場合、他の要因のためにゲノムサイズと飛翔能力との関連が前面に出なくなることがより多くなるという事情はありうるでしょう。ハチドリは酸素呼吸をおこなう動物の中で理論値の上限に近い代謝速度をもち、また体のわりには大きな心臓をはじめとして、その他いくつもの高い代謝のための特徴をそなえていることが知られています。このハチドリの種類の中になぜか、ハチドリとしてはゲノムサイズがやや大きめのものがいます。それらは湿度の高い高地の熱帯林に棲息するという共通点がみられます(文献13)。赤血球とゲノムのサイズの相関はここでも保たれています。特有の生活環境の影響が示唆されるのですが、その影響にはやはり代謝にからむ何らかの要因が含まれているという可能性もあるかもしれません。

ゲノムサイズと飛翔、エネルギー代謝には相関があることが示されてきてはいます。エネルギーコストの面ではゲノムサイズが小さいほうが有利なはずですが、直接の因果関係があるかどうかはわかりません。
細胞が大きくなると、細胞容量あたりの表面積が小さくなります。すると細胞表面をとおしての物質交換の効率が悪くなるので、原理的には赤血球などの細胞が小さいほうが活発な体の活動に素早く対応できるはずだと考えることができます(文献2)。ゲノムサイズ(DNA量)が小さければ細胞も小さく、こうした状況はDNAの複製や細胞分裂が素早く進むためにも有利だとも考えられますが、ゲノムサイズと細胞の大きさとの関連も含めてメカニズムはわかっていません。細胞の大きさについては、単にDNA量が大きくなるとその入れ物が大きくなるからというだけの説明は必ずしもできず、説は複数あります(文献4、5)。植物にも細胞の大きさとゲノムのサイズの相関がみられます。

「利己的DNA」と呼ばれる、ゲノムに寄生的に存在する配列はそのゲノム上で増殖する性質をもつものが多く、何か制限がかかるまでそのコピーが増えていくのだと考えられています(文献14)。ランダムな浮動もある中、そうした制限をもたらす進化上の圧力があるのなら、それがゲノムサイズの大小にかかわる要因となります。飛翔はそうした要因の候補ですが、そこで働くメカニズムを具体的に示すのは難しい問題です。

獣脚類恐竜-鳥類のゲノム構造の特徴


2004年に鳥類で初めてニワトリのゲノムの詳細が報告されました(文献15)。利己的DNAとみなされる、ゲノム上のあちこちに存在している繰り返し構造(散在反復配列)はニワトリでは比較的少ないことがはっきりしました。こうした配列の量が他の分類グループに比べて限られているのが鳥類の小ぶりなゲノムの実態です。
全ゲノム配列の中でタンパク質をコードしている遺伝子の占める割合はわずかです。ヒトではその割合は1.5%程度です。ところが、散在反復配列を含めた反復配列の類は全体の50%近くにもなります(文献1)。ただし、一般に反復配列の中には生存に必須な他の遺伝子の発現にかかわるという大切な機能を持つようになることがあります。宿主ゲノムの遺伝子発現調節機構に取り込まれたのです。

鳥類では散在反復配列が比較的少ないだけではありません。鳥類で新たに獲得された遺伝子の数よりは、鳥類で失われた遺伝子の数のほうがはるかに多くなっています(文献15)。そして、遺伝子重複で増えたタンパク質をコードしている遺伝子の数なども減らして、ゲノムの情報面からみると鳥類は節約モードで体の機能の調節のやりくりをしているらしいということが報告されています(文献16)。哺乳類と比較すると、例えば免疫に関する遺伝子数がコンパクトになっているのが目立っています。血糖値の調節も、同じような遺伝子が関与しているものの、鳥類ではかかわる遺伝子の数が少ないもあり、調節のメカニズムは哺乳類とは違っていることなどがわかってきました(文献17)。これらは獣脚類の恐竜の進化の中で進んできたと考えることができます。

文献3ではゲノムサイズと散在反復配列の割合の関係から各恐竜のゲノム上で散在反復配列が占める割合も推定しています。平均値は鳥盤類の恐竜では12%である一方、非鳥類獣脚類では8.4%というニワトリと同じレベルです。
ゲノム上にみられる散在反復配列の分布の様子はレトロトランスポゾンと呼ばれる因子の活動の跡を大きく反映していると考えられます。恐竜進化の初期に鳥盤類と竜盤類(特に獣脚類)との間でこれらの因子の活動レベルが違っていたのだろうということになります(文献3)。

結論として、鳥類がもつ特徴のうち、すでに恐竜の進化の中であらわれていたものは多いのですが、骨の化石情報から得られた論文3の研究結果はゲノムサイズの縮小が相当早くから起こっていたということを示しています。話題(24) で紹介した徐々に進んだ体の小型化より先だっているようなので、ゲノムの縮小は基盤的な変化であったといえそうです。このゲノムレベルでの素地がでまず出来てきたうえで、適応放散の中で試されたいくつもの経路のひとつが鳥類の繁栄に結びついたのでしょう。

文献1:Gregory, T. R. (2005). Nat. Rev. Genet., Vol. 6, 699.
文献2:Tiersch, T. R. and Wachtel, S. S. (1991). J Hered., Vol. 81, 363.
文献3:Organ, C. L. et al. (2007). Nature, Vol. 446, 180.
文献4:Gregory, T. R. (2001). Bood Cells Mol. Dis. Vol. 27, 830.
文献5:Gregory, T. R. (2001). Biol. Rev., Vol. 76, 65.
文献6:Organ, C. L. et al. (2009). Proc. R. Soc. B, Vol. 276, 4303.
文献7:Hughes, A. L. & Hughes, M. K. (1995). Nature, 377, 391.
文献8:Organ, C. L. et al. (2009). Biol. Lett., Vol. 5, 47.
文献9:Kozłowski, J. et al. (2003). Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., Vol. 100, 14080.
文献10:Wright, N. A. et al. (2014). Proc. R. Soc. B, Vol. 281, 20132780.
文献11:Andrews, C. B. et al (2009). Proc. R. Soc. B, Vol. 276, 55.
文献12:Smith, J. D. L. et al. (2013). Genome, Vol. 56, 457.
文献13:Gregory, T. R. et al. (2009). Proc. R. Soc. B, Vol. 276, 3753.
文献14:Kazazian, H. H. (2004). Science, Vol. 303, 1626.
文献15:International Chicken Genome Sequencing Consortium (2004). Nature, Vol. 432, 695.
文献16:Hughes, A. L. and R. Rriedman (2008). Mol. Biol. Evol., Vol. 25, 2681.
文献17:Đaković, N. et al. (2014). Mol. Biol. Evol., Vol. 31, 2637.


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