恐竜の話題(論文紹介): (25) 恐竜の鳴きかた ~口を閉じて鳴く恐竜もいた?+ ハドロサウルス類のトサカの役割

2016年7月30日土曜日

(25) 恐竜の鳴きかた ~口を閉じて鳴く恐竜もいた?+ ハドロサウルス類のトサカの役割

恐竜の鳴きかた ~口を閉じて鳴く恐竜もいた?+ハドロサウルス類のトサカの役割


恐竜の鳴き声はどのようなものであったのか? 恐竜はどのようにして音声を出していたのか? 興味が尽きない対象ですが、発声器官の柔組織が化石として残っていることは期待できません。発声のメカニズムについては、周辺の情報から手掛かりをつかんでゆくしかありません。今回は恐竜の発声に関する話題二つです。

恐竜にもワニやハトのように口を閉じて鳴くものがいた?


恐竜の中には口を閉じて音声コミュニケーションをおこなっていたものがいたかもしれないという推測ができる研究結果(文献1)が発表されました。
鳥の中には口を閉じたまま鳴くものがいます。最も身近な例はハトのクークー鳴きです。実はワニも口を閉じての発声をします。そこで鳥類の進化の中で口を閉じた発声はどのように現れてきたのかを調べるため、現生の鳥類の中で口を開いて鳴くもの、口を閉じて鳴くもの、そして両方の鳴き方をするものを発表済みの文献、および映像を証拠として集め、系統樹の中に組み入れました。その結果、208種の鳥類のうち、52種が口を閉じての発声をしていると認めることができました。幅広い種類からのサンプリングをおこなっていますが、1万種以上の鳥類のほんの一部ではあります。そして、ここから鳥類の進化の中で口を閉じた発声をする振る舞いが少なくとも16回は独立して出現したという結論を導きました。
さらに、体のサイズが大きくなるほど、口を閉じて発声する頻度は高くなるという結果も得ています。
そうであるならば、中生代の恐竜の進化の中でもこうした振る舞いが現れていた可能性があると、この論文の最後に推測がなされています。口を閉じて音声コミュニケーションをおこなっていた恐竜がいても不思議ではないのです。

ワニも人間と同じように、喉頭(こうとう)にある声帯の振動とそこから口までの間での共鳴を使って発声します(文献2)。一方、鳥類の発声元は喉頭ではなく、もっと奥の気管が二又に分かれるところにある鳴管(めいかん)にあります。しかし、音を発生させる際には、喉頭でも鳴管でも、空気の流れの中で組織が高速で旗めくように振動するという共通するメカニズムが作用していることが最近わかってきました(文献3)。
このような共通点があるうえで、ハトのクークー音は口を閉じながら、首の内部を膨らませることと連動して生じます。音はクチバシ(嘴)からではなく、首の表面から羽毛を通して外に出ます。一般に動物の発声でも、楽器からの場合でも、音が発生する際には基本周波数という最も基本となる音(周波数が低いほど低く聞こえる)の成分に加えて、その整数倍の周波数をもつ倍音が重なります。そのパターンは音を発生するそれぞれの装置の物理的構造によって異なります。ハトのこの口を閉じてのクークーという発声は、クチバシを開いての発声と比べると、基本周波数の音を明確に相手に伝えることができるため、特定のシグナルを伝える時には便利なコミュニケーションの手段となるといわれています(文献4)。
文献1では、恐竜もこうした発声方法をとることができたとしたら、求愛の時などに使われていた可能性があると考えています。

実際には口を閉じて鳴く鳥の種類は多彩ではありません。ハト以外にはダチョウ、エミュー、カカポ(フクロウオウム)、ライチョウ、ケワタガモなどです。クークー音、ホーホー音の他にブォウと聞こえるものなど、低く響く音もあります。身近な鳥ではカラスもクークーという音を発するのですが、口を開いているため、文献1の著者はホーホー音を出すフクロウとともに、口を閉じて鳴く鳥のメンバーには入れていません(私信)。今回の研究は空気の流れなどを考慮した発声メカニズムの違いに注目したものであるからです。しかし、そのカラスのクークーという声も、ヒナにやさしく呼びかけたり、家族間でのコミュニケーションの時にみられるなど、特別で穏やかな目的に使われているようです(文献5)。
なお、哺乳類にもフクロテナガザルのように、口を閉じての発声をするもがいると紹介されています。

恐竜が大口を開けて咆哮することがあったかどうかについては、今のところ積極的に支持する証拠がない一方で、比較的繊細な音声コミュニケーションと考えられる範疇に関しては、今回このような間接的な証拠があがってきました。大柄な恐竜であれば、口を開けない発声でも威嚇に十分使えたかもしれませんが、やはりそうした目的の場合、比較的近くにいる相手にともかく口を開けて方向性の高い音声を送ったほうが有効でしょう。しかし、実際はどうであったのか?

コリトサウルスやパラサウロロフスのトサカは優れた音響効果をそなえていたと思われる


中生代白亜紀の草食(植物食)恐竜であるハドロサウリダエ(Hadrosauridae、ハドロサウルス類)のメンバーの中で、ランベオサウリナエ(Lambeosaurinae、ランベオサウルスを含む仲間)のグループに属するものは、その頭部のトサカの構造が発声の際の共鳴に重要な役割をもっているのではないかと考えられています(文献6)。 話題(10) で紹介したこの奇妙な頭部の構造のうち、あるものは音声コミュニケーションに重要なのかもしれないのです。

(コリトサウルスとパラサウロロフスの頭部骨格模式図 鼻腔(オレンジ色)は想像の部分も含んでいます)

この文献では古楽器のクルムホルンと比較もしながら、トサカの内部の中空のチューブ状構造が音源に対して優れた共鳴効果をもちうることを示しています。このチューブ構造はこのグループの恐竜の鼻腔なのです。上の図はランベオサウリナエに属するコリトサウルスとパラサウロロフスの頭部を模式的に示しています。
もしもこの長い鼻腔が共鳴装置として働くならば、その大きさから、共鳴によって音量が大きくなった音はヒトが聞くことができるかどうかという程度の低音であることが推測されます。低音は特に開けた場所で遠くまで届きやすいという利点があります。そして、この声を受け止める聴覚のほうですが、こちらについては、中耳、内耳の構造が化石として残っており、その大きさから自分たちが発する低音に対応できる能力を備えていたであろうこともわかっています。

ランベオサウリナエの仲間の中でもトサカの形は大きく異なります。したがって、その声も異なる種(しゅ)の間での識別に使えることになります。また、もしも化石として残っているそのトサカの形態の違いが実は同じ種の雌雄差であったとすれば、異性間でのコミュニケーションに役立ったはずということになります。さらに幼体のトサカの場合、その大きさと内部構造から、成体よりも周波数が高い音声を発するように機能するだろうということがわかっています。ワニがそうなのですが、ランベオサウリナエの仲間の恐竜も、親が子供の高めの声をしっかり聴き分けて親子の絆を保っていたのではないかと考えられています(文献6)。

ところで、新生代の更新世に棲息していたウシ科の哺乳類、ルシンゴリクス(Rusingoryx)がランベオサウリナエと類似した鼻腔の構造をもっているという報告が出ています(文献7)。この構造も、やはり発声にかかわったとみなすのが妥当なようです。そうであったならば、草原に暮らす彼等にとって、低周波の声は距離を隔てた仲間の間でのコミュニケーションに役立ったことでしょう。遠く離れた類縁関係にありながら、似通った構造を有するようになった背景には、脳神経のシステム構築も含めた形態形成に共通する基盤があるのでしょう。

文献1:Reide, T. et al. (2016). Evolution, online version, 12 July. DOI: 10.1111/evo.12988
文献2:Reber, S. A. et al. (2015). J. Exp. Biol., Vol 218, 2442.
文献3:Elemans, C. P. H. et al. (2015). Nature Commun., 6:8978. DOI: 10.1038/ncomms9978.
文献4:Fletcher, N. H. et al. (2004). J. Acoust. Soc. Am., Vol. 116, 3750.
文献5:Robin R. T. (2008). The vocal behavior of the American crow, Corvus brachyrhyncos (Master’s thesis). http://rave.ohiolink.edu/etdc/view?acc_num=osu1204876597
文献6:Weishampel, D. B. (1981). Paleobiology, Vol. 7, 252.
文献7:O’Brien, H. et al. (2016). Curr. Biol., Vol. 26, 503.

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