恐竜の話題(論文紹介): (20) ティラノサウルスへの系譜 ~古大陸上での分布と巨大化への道のり

2016年3月21日月曜日

(20) ティラノサウルスへの系譜 ~古大陸上での分布と巨大化への道のり

[ 図:ティラノサウルス(Tyrannosaurus)とティムルレンギア(Timurlengia) ]
肉食恐竜の代表ともいえるティラノサウルス。体長ではこれを上回るスピノサウルス( 話題18 )が知られてはいますが、13メートルに達する体に、30センチにもなる強大な歯、頑強な顎は地上最強の肉食獣の証とされています。
この巨大なティラノサウルスの登場は白亜紀の遅くになってからです。しかし、ティラノサウルスとその仲間につながる先祖といえる恐竜は、すでに白亜紀の前の時代であるジュラ紀の中期までには出現していたと考えられています(文献1)。人くらいの大きさであった、その時代の恐竜からどのようにティラノサウルスへ進化してきたのでしょうか。


ティラノサウロイドの進化はジュラ紀に始まる


2016年にBrusatteらはティラノサウルスへ至るまでの進化の経路(系統樹)の最新版をあらわしました(文献2)。その図は下記サイトをご覧ください(オープンサイトです;クリックすると別ウインドウで開きます)。
http://www.nature.com/articles/srep20252/figures/1

動物の種(しゅ)としてのティラノサウルス レックス(学名Tyrannosaurus rex)は、同じく北米大陸に生息していたアルバートサウルス(Albertosaurus)や、アジアにいたタルボサウルス(Tarbosaurus)などとともにティラノサウリダエ(tyrannosauridae)というグループ(クレード(clade))に属します。白亜紀終盤に現れたティラノサウリダエのグループに至る進化の経路を遡ると、ジュラ紀のプロセラトサウリダエ(proceratosauridae)のグループが分岐した点に到達します。プロセラトサウリダエも含めて、この分岐点より進化してきた恐竜はティラノサウロイデア(tyrannosauroidea)というグループになります。そしてこのティラノサウロイデアのグループに属する恐竜はティラノサウロイド(tyrannosauroid)と呼ばれます。この系統樹はティラノサウロイドの進化をあらわしたものです。

ティラノサウリダエグループの出現にはまだ至らない白亜紀中期までのティラノサウロイドの恐竜たちの体長は1メートル半から、特に大きなものは9メートル(文献1)ということで、それまでの長い間には巨大化への道を歩み出していません。
ティラノサウルスが属すティラノサウリダエグループへの巨大化を含む最終的な進化が進んだのは白亜紀中期から後期前半の間と考えられているのですが、この期間の化石情報がなく、その過程が謎でした。

ウマほどの大きさのティラノサウロイド、ティムルレンギアの発見


そんな中、その白亜紀の空白期間の中にある9000~9200万年前の地層から新たに発見されたティラノサウロイドを報告したのが文献3で、これもBrusatteらのグループによるものです。
その名はティムルレンギア(学名Timurlengia euotica)。発見場所の中央アジア、ウズベキスタンでかつて繁栄したティムール帝国の建国者ティムールの名前に由来します。見つかった化石は全身骨格に至るにはまだまだ部分的で、かつ複数の個体からのものですが、先ほどの系統樹中ではエオティラヌス(Eotyrannus)とシオングアンロング(Xiongguanlong)の間に位置し、体の大きさは現在のウマほどです。
この時代に、まだこの程度の大きさしかない化石が見つかったことから、文献3ではティラノサウロイドの巨大化はその後の白亜紀後期に急激に起こったとみています。しかし、同時期にはるかに大きなティラノサウロイドが他にいなかったことを証明したことにはなりません。特にティムルレンギアは体長10メートルを超えるような巨大化への道を進んで白亜紀後期の食物連鎖の頂点に立つティラノサウリダエへの経路とは別の経路に位置しています。この期間のティラノサウリダエへの進化の経路上にある化石情報がぜひ必要です。文献3でも、進化の中の1点だけの発見であるので、さらにデータが必要と述べています。それでも、この発見はティラノサウロイドの進化の中の空白部分を少しでも埋めることができた貴重なものに違いありません。

他にも新たな知見をティムルレンギアはもたらしてくれています。見つかった化石の中には脳函(のうかん)が含まれていました。脳函には脳だけでなく、視覚、嗅覚、聴覚に関する感覚器官の一部も収められているため、その構造を調べることにより、その持ち主の感覚能力を知る手がかりが得られます。CTスキャンの結果より、ティムルレンギアの内耳の中の構造ががっしりしており、敏捷な行動を可能にしていたかもしれないと想像することができます。さらに内耳の中で音を伝える蝸牛管(かぎゅうかん)が長いことから、低周波の音に敏感であることが推測されました。このことはティラノサウルスの特徴として知られていたことであり(文献4)、低周波の音は減衰しにくいため、獲物や同類を含めた動物の動きを察知し、鳴き声なども遠くから捉えることができる能力となっていたと考えられます。
ジュラ紀後期にはアロサウルスの仲間が当時の強大な肉食獣として君臨していたのですが、ティラノサウロイドのグループはこのような、より優れた能力を予め備えていたことにより、やがて白亜紀での繁栄の時期を迎えて食物連鎖の頂点の座を奪うことになったのだろうと文献3は述べています。

ティラノサウルスはどこから来た?


系統樹は恐竜の形態的特徴の変化の積み重ねの様子を道筋としてあらわしています。文献2では系統樹の作成にあたり、二つの方法を独立に用いました。一つは最大節約法(maximum parsimony method)にしたがったものです。恐竜の種類によっては違いがみられる366種類の形態の特徴についてクラス分けをします。例えば、鼻腔(鼻の穴)の中央線に沿った突起がない場合は0、ある場合は1として二つに分けます。上腕骨の長さであれば、大腿骨の長さとの比から0、1、2の3段階のクラスに分けます。こうして各恐竜について形態上の形質ごとに数値化したデータのセットを用意します(標本が得られていない箇所の形質には?マークがつきます)。次に恐竜間でデータを比較し、進化の途上での変化のステップが最も少なく作れる系統樹を求めました。この手法はティラノサウロイドに対して以前から使われてきたものです。
文献2で同時に用いられたもう一つの手法は、ベイズ推定(Bayesian inference)に基づいたものです。先のデータのセットを使うのは同じですが、膨大な数の可能性のある系統樹の中から最初にランダムに作った樹形を選び、次にその一部を乱したものを作ります。データから樹形が得られる確率を比較し、新しいほうの候補を採択するか、あるいはこれを棄ててもとの樹形にもどるかを決めます。この過程を繰り返し(マルコフ連鎖モンテカルロ法-----ある状態から次の状態が決まる場合にそれよりも以前の状態が関係しない確率過程をマルコフ連鎖、そしてランダムに確率過程の計算を繰り返す方法をモンテカルロ法と呼びます)、定常状態が得られるまで樹形を進化させてゆくのです。
この二つの手法で得られたBrusatteらによる樹形は、一部に少し違いがあるものの、かなりの部分で合致していました。上でサイトを紹介した系統樹の図は最大節約法によるもの、そして下記のサイトはベイズ推定によるものです。
http://www.nature.com/articles/srep20252/figures/2
これに対し、少し前のLoewenらの研究グループの結果(文献5)とはもう少し大きな違いがあります。文献5での形態の特徴の選び方には部分的に問題があり、それが原因ではないかと文献2では述べられています。

これらの系統樹全体からみると、白亜紀後期に想定される最後の巨大化の過程を別として、ティラノサウロイドの体格は時間をかけて少しずつ大きくなってきています。食物連鎖の頂点に立つまでには準備期間が必要だったということなのでしょう。

上にサイトを紹介した文献2の系統樹は、ティラノサウロイドのメンバーがどの大陸にいたのかもあらわしています。当時の大陸の配置の概略は下の図に示しました。

[ 図:中生代後期の大陸の配置の概略 ]


ジュラ紀中期から始まった超大陸パンゲアの分裂は、ジュラ紀後期を経てさらに進行します。白亜紀中期になると、現在の北米となる大陸には海が侵入し、やがて東のアパラチア大陸と西のララミディア大陸に分かれます。
Brusatteら(文献2)とLoewenら(文献5)の系統樹における相違は、これらの恐竜の分布についての解釈にもあらわれます。文献5では北米とアジアが分離したことにより、それぞれの地でティラノサウリダエのメンバーが独自に進化したとみますが、文献2の結果ではそれが明確に進行したとはいえません。文献5ではアジアで化石が見つかるチュウチェンティラヌス(Zhuchengtyrannus)とタルボサウルスは、まずその2種の先祖が北米のララミディア大陸のティラノサウルとの共通先祖から分かれ、次にアジア大陸でそれぞれに分かれたとみます。一方、文献2では、最初にチュウチェンティラヌスとの共通先祖から分かれた恐竜がその後にタルボサウルスとティラノサウルスに進化したということになります。したがって、Brusatteらの文献2の結果からは、このアジアの恐竜2種が時期をずらして北米の先祖から分離した可能性と、アジアから北米に移動してきた恐竜がティラノサウルスとなった可能性の二つが考えられるということを提示しました。後者の場合、ティラノサウルスは、もとはアジアから北米への移住者ということになるのです。

ティラノサウルスは古くから知られている恐竜ですが、その近縁を含めた化石の新発見が続いており、姿や行動についての新たな解釈をもたらしつつあります。


文献1:Brusatte, S. L. et al. (2010). Science, Vol 329, 1481.
文献2:Brusatte, S. L. and T. D. Carr (2016). Sci. Rep. 6, 20252; doi: 10.1038/srep20252.
文献3:Brusatte, S. L. et al. (2016). PNAS doi: 10.1073/pnas.1600140113
文献4:Witmer, L. and R. Ridgely (2009). Anat Rec Vol 292, 1266.
文献5:Loewen, M. A. et al. (2013). PLoS ONE Vol 8, e79420.


Copyright © Ittoriki __All rights reserved.